制作チーム「アトリエ∞(インフィニティー)」所属、グラフィックデザイナーのwachico.(わちこ)です。
今回の「おつD」は、現在のDTP(簡単に言うと、デジタルで印刷物を作ること全般)業界で最も代表的な2つの印刷方式に着目します。印刷上の見た目は変わらないようでいて、それぞれ全く違った特徴がありますよ。他の印刷方式についても、最後にオマケとして触れようと思います。
これまでの印刷に関するお話は、以下の記事も参考にどうぞ。
もくじ
【オフセット印刷とは?】
【オンデマンド印刷とは?】
【……で、結局どっちがいいの?】
【余談:いろんな印刷を知っておこう!】
【まとめ】
【オフセット印刷とは?】
「オフセット印刷」は印刷業界で長い間使われている、ポピュラーな印刷方式です。水と油がはじき合う性質を利用したもので、ブラケットというローラー状の部品を介して版のインキを紙に転写する、というのが特徴的。「平版印刷方式」とも呼ばれます。
印刷品質や精度が高く生産も素早く済むところ、そして大量に刷れば刷るほど低コストになっていくところが何よりの強みです。特に雑誌やチラシ・ポスター・パッケージなど、一度に数千・数万部と大量生産するものについては、今も他の印刷方式から頭ひとつ抜きん出ている方式だと思います。ドンと背中を預けられるような信頼感がすごい。
【オンデマンド印刷とは?】
対して「オンデマンド印刷」は、これまで印刷技法に必須だった製版工程を、デジタル技術で取っ払った印刷方式です。つまり画像やPDFといった「データファイル」そのものが版、という感じ。大半の印刷会社で、IllustratorやPhotoshopなどで作ったデータを直接印刷できるので、やはり版を作るコストが必要ないというのが何よりの強みでしょう。製版工程を省ける分、短納期にしやすいという長所もあります。
また、これまで個人出版やリトルプレス・同人誌といったごく少部数(100部単位、あるいはそれ以下)の発注は、版を作るコストが費用の多くを占めてしまい、割高にならざるを得なかったり、赤字覚悟で作らなければいけない……という金銭的に大きなハードルがありました。しかしオンデマンド印刷であればその心配はいらず、印刷会社・発注側ともにメリットだらけ。近年、小部数でも安価で印刷・製本を請け負うオンデマンド専門の印刷会社が増えていることからも、市場の拡大ぶりがわかりますよね。いわゆる「推し活」ブームの後押しもありそう。
【……で、結局どっちがいいの?】
ではここで、オフセットとオンデマンド、両方の持つ特徴を比べてみましょう。
■オフセット印刷
- 版とブラケットを使った、DTP界隈ではポピュラーな印刷方式
- 安定した高品質を保ちつつ、素早く印刷できる
- 部数が多ければ多いほど製版代が安くなり、費用を抑えられる
- 部数が少ないほど製版代が割りを食うため、コスパが悪くなりがち
- 印刷所(印刷機)の仕様や性能による差はあるが、影響は比較的少なめな印象
- 多少凹凸のある紙など、色々なタイプの用紙(素材)に幅広く対応できる
■オンデマンド印刷
- 製版をデジタルによって省略した、DTP界隈では後発の印刷方式
- これまでは難しかった、低コスト・短納期が実現しやすい
- 少部数(10〜100部単位くらい)でも比較的コストを抑えやすい
- 部数が多いほど長所が活かせず、結果的にコスパが悪くなりやすい
- 印刷所(印刷機)の仕様や性能に左右されやすく、正確な色再現等が難しい場合も
- 一部単位でページを差し変えたりなど、デジタルならではの柔軟さが魅力
また、大前提として「印刷所はデザインラフを作る前に決めておく」のが鉄則(候補を出すくらいでもいいので)。なぜなら、印刷所によって可能な印刷・仕様・品質・費用・対応できる最小(最大)部数……などなどが全く違ってくるからです。せっかく出来上がったデザインが、理想的な仕様で印刷できなかった……となっては悔やんでも悔やみきれませんからね。
特殊な印刷技法や特殊紙を使いたい、という場合は言うまでもありませんが、どんな印刷技法(印刷所)で作るか事前に決めてしまってからの方が、そもそものデザインも組み立てやすいと思います。印刷所によっては有料の場合もありますが、予め印刷・用紙サンプルを請求しておくとより安心。
【余談:いろんな印刷を知っておこう!】
■グラビア印刷(凹版印刷方式)
シリンダというローラー状の金属に、細かな溝を掘った版を使う印刷方式。溝の太さ深さを変えることで、流し込まれるインキの濃度を繊細にコントロールして刷ることができる、という仕組みです。溝に流し込んだインクを擦り付けるため、印刷面を触ると独特の凸凹がわかる場合も。
若干シャープさには欠けるものの、特に色鮮やかな表現が求められるものには持ち前の強さを発揮。また高速印刷にも長けており、量産品製造の現場にも適していると言えます。紙だけでなくビニールやポリエチレンへの印刷だってお手のもの。現在は野菜・果物・食品などの包装パッケージに対して用いられる場合が多く、他にもあらゆる日用品や専門用具に建材、更には切手や紙幣(日本の紙幣はグラビア印刷の部分的な技術だけが使われているそう)まで……と、本ッッッ当に多種多様。実は日常生活で一番よく目にする印刷なのかも。
「グラビアアイドル」や「グラビアページ」という呼称があるように、かつてグラビア印刷は芸術印刷(絵画や写真などの印刷)の分野に必ずと言っていい程使われていました。しかし業界のデジタル化に伴い、現在その役割はオフセット印刷に取って代わられています。それでもこうして名前だけが業界用語として根強く残っているなんて、ちょっとおもしろいですよね。
■活版印刷
※画像引用元:katorisi - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, リンクによる
「活字」と呼ばれる金属のハンコのようなものを用いる印刷技法。活字を使った印刷技法の始まりは中国とされ、前身である「木版印刷」も含めると軽く1000年以上という非常に古い歴史があります。原稿を元に膨大な中から必要な活字を探してくる文選、それらを原稿通り並べて組む組版、版を機械にセットして刷り、最後はその活字をすべてバラして丁寧に洗い、元の場所へ戻す解版……と、印刷工程は基本的にハチャメチャ大変な手作業です。私なんぞではとても、と、とても……(絶句)。
活字を強く押し付けるその仕組みから、厚みのある紙などに対しインクを付けず、表面に凹凸だけを残すことで文字や図案を表現する「エンボス(空押し)」も可能。ちなみに「組版」という言葉は前述通り、活版印刷で活字を組む「工程自体」を指す単語。現在は「文字の行間や字間などを考え、整える」といった意味のDTP業界用語としても使われるようになりました。
組版工程、特に和文組版(日本語の組版)の場合は訓練によるとても高度な技術が必要。更にデジタル化によるDTP印刷の台頭、また地震などの自然災害で活字や印刷機そのものが失われ、印刷会社が廃業に追い込まれるなどした結果、最早活版を取り扱う印刷所自体が珍しくなってしまいました。ここぞという特別感や高級感が欲しいデザインなどに相応しく、とっておきで憧れの印刷! という個人的イメージがありますね。
ちなみに活版印刷技術自体を発明したのは、ドイツ(神聖ローマ帝国)出身の金細工師である「ヨハネス・グーテンベルク」。「Gutenberg」といえば「WordPress」におけるブロックエディターのことですが、その元ネタは勿論このお名前から来ています。
■シルクスクリーン印刷
※画像引用元:Elvert Barnes - 09.Monky.Chicha.Peru.SFF.WDC.5July2015, CC 表示-継承 2.0, リンクによる
孔版画の一種。まず目の細かいポリエステル製などの薄布(メッシュ)に、インクが透過する部分・しない部分ができるよう製版。このメッシュ上に専用のインクを乗せ、下に敷いた素材にスキージー(ヘラのようなもの)でインクを押しつけるようにすると、塞がれていない布目からインクが押し出される、といった仕組み。近い技法としては「ステンシル」などが挙げられます。製版工程は写真の現像に似ている、原画を元に感光剤と乳剤を使った方法が主流(写真製版法)。
大きな印刷機でなくてもよく、道具と設備さえ用意すれば個人宅でもできる印刷技法です。ただ、1色毎に別々の製版(メッシュ)が必要だったり、多色刷りになるほど印刷の位置合わせが難しい、といったアナログならではの難しさもあります。
紙や木材・布・金属など、ほぼ素材を選ばないで印刷できる点も魅力のひとつ。曲面への印刷も得意で、マグカップやお皿などの食器に対しても用いられます。これらの特徴からプリントTシャツやプリント布地などもシルクスクリーンで刷られていることが多く、特にファッション・テキスタイルの分野には欠かせないものです。
ちなみに余談の余談ですが、シルクスクリーンを手軽に行える市販品として「プリントゴッコ」という商品がございまして……って、これ知ってる人最早いないですよね、はい。で、これは残念ながら生産終了しているのですが、ご安心を。個人でも簡単に刷れるシルクスクリーン印刷キットなんてモノもあるのです!
この印刷会社ではシルクスクリーンの製版やインク等の販売、印刷用ワークスペースの貸し出しも行っていますので、シルクスクリーンに興味のある方は一度覗いてみては?
【まとめ】
いかがでしたでしょうか。余談で紹介した印刷技法たちも、自分自身が使うかはいざ知らず、業界の基礎知識として何かしらの武器になるかと思います。ということで、印刷業界に興味のある方は覚えておくがヨシ! ですよ!
長くなるので省きましたがローコスト、あるいは個人制作レベルでもチャレンジできるオモシロ印刷って、今の世の中探せばまだまだありそうです。オフセットやオンデマンドでも、変わった紙や素材、インクを用いることで個性的な印刷が実現できる場合も。部数によっては、いっそ印刷や製本・特殊加工の工程の一部を自力でやってしまう……なんて変化球もアリ。
まあ、とはいえ。最も重要なのは、何をどう作るにせよ我々「デザイナー(デザイン)」の存在ありきで進めるべき、ということ。個性的なものにはつい目移りしがちですが、印刷や素材そのものの個性が強いほど、デザイン全体をコントロールするのもまた難しくなりがち……な、気がします。
生活や仕事において、言うまでもなく知識は武器です。選択肢が多くあることも。ですが既知の世界に囚われすぎるのも、それはそれでよくないのかも。誠に難儀な世の中です。己の「デザイン」を強すぎる他の「個性」で曇らせてしまわないよう、常日頃からこういうバランスは意識しておかないとな、と思う冬のはじめでした。今年も秋が行方不明でまっことかなしみ。
さて、早いもので今年も後わずか。来月は今年一年の振り返りとして、投稿記事まとめをお送りする予定です。「コレについて書いてほしい!」といったリクエストも常時お待ちしておりますので、よければコメントくださいませ!(なおお返事はノロノロです……)
ここまでお読み頂きありがとうございました。
それでは、次回をお楽しみに!
2024.11.27
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